軽鴨は軽いの?~カルガモ、その名前の由来~

ダイサギ、ガモ、セグロセキレイ。ハシブトガラス、キジバト、カワウ…

鳥の名前の頭につく形容語って、だいたい「ですよね~」と納得するものが多いのですが、カルガモだけはいまいちピンと来なくてずっと引っかかっていました。先日カルガモのページも作ったことですし、これを機会にと思い立って、少し調べてみることにしました。といってもネットと地元の図書館の本だけでですが…

 

カルガモの名前

カルガモの漢字は「軽鴨」。別名としてはクロガモ、タガモ、ドロガモ、ナツガモ*1

カルガモという名の由来についての定説はないようですが、図書館の図鑑などを幾つか調べて見つけたのは

 

1 「軽の池」に由来する

2 軽いから

3 「くろがも」が変化したもの

4 「夏留鴨」である

 

といったところ。一つずつ見ていきます。

 

1 「軽の池」に由来する 説

調べた中で一番言及が多かった説。

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一説には、『日本書紀』に記述のある「軽池」という地名(現在の奈良県)に由来すると言われますが定説となっていません。(大橋弘一、『野鳥の呼び名事典』、世界文化社、2016年 P33)

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カルガモ(軽鴨)の呼び名は江戸時代からあり、その名は『万葉集』にも出てくる「軽の池」(現・奈良県橿原市大軽町)に由来するとみられています。(大田眞也、『田んぼは野鳥の楽園だ』、弦書房、2012年 P138)

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(前略)この説の根拠は、『万葉集』巻三、390、譬喩歌の最初の一首、天武天皇の皇女である紀皇女の御歌一首の「軽の池の汭廻行き廻る鴨すらに玉藻の上に独り寝なくに」である。玉藻の玉は美称。「軽の池」に藻が生えているのだから季節は夏である。この季節に見られるカモ類は冬鳥のカモ類ではなく、「この季節にも生息する鴨」である。そしてこのカモは、池の名前の「軽」をつけて軽鴨、今のカルガモであろうとされている。(安部直哉解説・叶内拓哉写真、『山渓名前図鑑 野鳥の名前』、山と渓谷社、2008年 P109)

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「軽の池」とは

日本書紀には、応神天皇11年に剣池、軽池、鹿垣池(かのかきのいけ)、厩坂池(うまやさかのいけ)を造った、という記述があります*2。このうち「剣池」は現在の「石川池」と見られています。「軽池」は現在は消失していますが「奈良県橿原市大軽・見瀬・石川・五条野の諸町一帯の地にあった」とされています。*3

カルガモはネッシーか??

わざわざ書紀に記載するくらいですし、剣池の現在の姿から考えても、軽池も相当に大きな池だったはず。カモの生息場所としては適地だったでしょうから、カルガモは軽池にいたでしょう。いたでしょうが、剣池や鹿垣池や厩坂池や、その辺の池沼や田んぼにもいたんじゃないですかね…カルガモの生息範囲の広さを考えれば。

ネッシーとかイリオモテヤマネコとか、生き物の名に地名が冠されるのって、そこにしかいない場合であって、カルガモのようにどこにでもいる鳥に、特定の地名にちなんだ名がつけられるというのは非常に違和感がある。むしろ逆に、鷺山とか鵯越とか竜神池とか、地名の方が生き物由来でつけられるのが一般的ではなかろうか。軽池や軽という地名がカルガモ由来だとまでは言わないけど。

玉藻の上で…

もう一つ気になるのは、『万葉集』巻3第390番の紀皇女(きのひめみこ)の歌

 

軽の池の汭廻行き廻る鴨すらに玉藻のうへに独り宿なくに*4

 

をカルガモが軽の池にいた証拠だとする見方*5です。私は(軽の池にカルガモがいただろうとは思うけど)、紀皇女が詠ったのはカルガモではなく、おそらくはマガモだと考えています。だって…

 

カルガモだったら全然ロマンチックじゃないじゃん!

 

ご存じのとおりカルガモは地味な色合いの上に雌雄同色で♂♀の区別も難しい。紀皇女は天武天皇の皇女。恋の相手も当然高貴な皇子なわけで、それを投影するとなるとオス鴨は美しく華やかでなければならぬ(メス鴨は自分自身なので地味で目立たなくてもOK。←少女マンガ理論)。

となると、身体も大きく緑アタマの金属光沢も鮮やかなマガモが第一の候補になる。コガモやオシドリ、トモエガモなどの♂も美しいけど、万葉の時代から「たかべ」、「をし」、「あぢ」とそれぞれ固有の名前がついているし*6、マガモに比べると身体が小さいので押し出しの強さという点では今ひとつ。堂々として立派なのは何と言ってもマガモだ。それに飛来数も最も多く(冬場の生息数はカルガモより多い。現代の調査だけど…)*7、今でも「マガモ」と呼ばれる鴨の代表選手だから、その点からも単に「鴨」としか呼ばれていない歌の中のカモに相応しい。

玉藻(藻の美称)が生えてるんだからこの歌の季節は夏だ、という見解*8もありますが、観察記録ではなく文学なのだから実在の光景をありのままに詠む必要はない。歌のテーマに合わせたフィクションとして詠み込まれたに過ぎないと思う。藻は、流れのまにまにもつれあう様子が共寝の形容にも使われる言葉*9。藻の上に寝る、は叙景ではない。より切なく官能的に恋の歌を詠いあげるための脚色なのだ。より面白く、わかりやすくするために事実が無視されるのは、現代だけのことではあるまい。

 

まとめ

というわけで、一番広く流布されている説だけど、私は賛成できない感じがします。正直言ってこの説は、「軽鴨」の名前の由来は何だろう?といろいろ検討しているうちに浮上してきた「軽の池の鴨」という言葉に引っ張られて生まれた後付けの解釈のような気がしてしまう。素人の一夜漬けでこんなこと言うのも失礼な話で、ちゃんと調べていくと、もっと強い根拠があるのかもしれませんが。

 

2 軽いから 説

1でも述べたとおり、現在でも冬場の生息数が一番多いマガモは、身体も大きくカモ類の代表選手のような存在。そのマガモとほぼ同じくらいの大きさなのに身体はやや軽いことから、この名がついたという説。ネットの記事を検索するとよく出て来ますが、調べた書籍ではほとんど記載が見つからなくて困りました。

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カルガモの名前の由来は、万葉集で歌われた軽ケ池にいたことが由来という説と、マガモとほぼ同じ大きさであるが、やや重さが軽いということが由来という説があるそうです。(三鷹市 |カルガモ(軽鴨)カモ科)

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カルガモは、体の大きさに比べてマガモより軽く感じるので、昔から狩人たちは「軽る鴨」とか、単に「軽」と呼んでますが、(以下略)(河合俊雄、『京都の野鳥図鑑』、京都新聞社、1989年 P49)

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・カルガモは軽いのか?

じゃあどんだけ軽いのか、ということですが、鳥の体重について記載のある図鑑は意外と少なくて(インターネットサイトでは体重が書いてあるとこもあるけど、出典がわからないし、動物園のとかだと野生と違うかもしれないし…)、いろいろ探してやっと、戦前の本ですが国立国会図書館サーチで『野鳥便覧 下巻』(榎本佳樹 著、『野鳥便覧下巻』、昭和16)というのを閲覧することができました。

それによると(P170)

 

マガモ242~368.1匁(平均320匁)

カルガモ237~358.9匁(平均310匁)

とのこと。1匁(もんめ)=3.75gなので

 

マガモ908~1380g(平均1200g)

カルガモ889g~1346g(平均1163g)

 

ってとこでしょうか。うーん…確かにカルガモの方が軽いっちゃ軽いけど…

秤で測ったりするわけじゃなし、1キロくらいの物体の50gにも満たない差が、はっきりわかるものだろうか?個体差だってあるわけだし…でも上の引用の「昔から狩人たちは~呼んでいる」というくだりは具体性を帯びていて、なんか捨てがたい。

日常的に鴨を狩り、持ち運んでいる猟師ならば微妙な重さの差も感じ取れるし、試行回数が多ければ個体差があっても平均値に収斂されてくる、ということは、もしかするとあるのかも…関係ないけど井上ひさしのエッセイに、初生雛鑑別士の弟さんが「コンディションの良い時は(ヒヨコを)持っただけで♂♀がわかる」と言ってた、とかもあったっけ。感覚が研ぎ澄まされたプロにとっては造作もないことなのかもしれない。

「軽いから」説への疑問点

でも、ひとつ気になることがある。

カルガモの別名、タガモ、ドロガモ、そして後述しますがクロガモも視覚情報による命名だし、ナツガモだって夏にも見かけることから来た名だ。田んぼを作り、守る農民をはじめ、多くの人々がその姿に馴染んでいるからその名がついたのだろうし、それらの名前があるのに、限られた人しか知らない重みの感覚による名前が代表的な名前として定着する、ということがあるのだろうか?

他の鳥も、大小や色彩その他の視覚情報による形容語がつく名前はたくさんあるけど、重い軽いとかついてるのは聞いたことがない。それだけ識別手段としてはマイナーでわかりにくいということだろう。現代の図鑑だって、全長とかはどの図鑑にも書いてあるけど、体重の記載があるものは稀なわけだし。

そこはちょっと疑問だな~

3 「くろがも」が変化したもの 説

この説も載ってたの本は1冊しか見つかりませんでしたが…

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「軽池」という地名に由来する説のほか、古名の「くろがも」が変化したという説もある。」(大橋弘一、『野鳥の呼び名事典』、世界文化社、2016年 P33)

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そもそも、なんで「クロガモ」?

クロガモの漢字は普通に「黒鴨」になっていますが、普通に調べて出て来る「クロガモ」*10の♂は、黄色いクチバシ以外は本当に真っ黒な別種のカモ。これと比べると「言うほど黒いか?」と言いたくなります。

しかし今と昔とでは色彩表現も違っていたようで、18世紀初頭に出版された『和漢三才図会』*11では

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軽鳧 全体は黒色、頸の後は青を帯びて光がある。眼上には淡白の条があり、觜は黒く喙の端は淡赤。腹は淡赤白色で黒い縦紋が一条ある。脚、掌はともに赤い。味も佳い。

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と紹介されている。これを見る限りやはり体色は「黒色」と理解されている。黄色のはずのクチバシの先端が「淡赤」、お腹も「淡赤白」と表現されているし、現代の感覚とは違うのだなあ…

 

この音変化はアリなのか?

では「黒鴨」だとして。次に問題になるのは、

「クロ」→「カル」

という音の変化は自然なものなのか?ということ。音声学とか全然無知なのでこの当否はまったくわからないのですが調べた範囲では、

 

軽(カル)が「カロ」と訓まれた例もあり*12

「クロ(畔)」を「クル」と呼ぶ地域もある*13

というのはあった。

ということは、ロとルの異動はありそう。「ク」と「カ」の異動についてはわかんなかったけど、まあそもそも、「クロガモ」から変化した説がある、ってことは、音声変化にも根拠があってのことだろうしな!た、たぶん…

 

4 「夏留鴨」説

これもネットの記事では出て来るけど、書籍で言及しているものは少ない。

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(前略)筆者は他の鴨たちと異って夏も留まって繁殖しているので「夏留鴨」だと思います。(河合俊雄、『京都の野鳥図鑑』、京都新聞社、1989年 P49)

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確かにカルガモの生活実態には一番ピッタリくる。けど…これはさすがに当て字じゃないですかね?いや、確たる根拠はありませんけど、「夏留」が先で、後から「軽」の字を当てはめたなんて不自然過ぎる。「ナツガモ」「タガモ」のようなストレートさがなく少し持って回った表現が、知的で洒落た言葉遊びという感じ。時代が降ってからのものなんじゃないかな…

 

おわりに

というわけで、今のところ「軽いから」説と「クロガモ」由来説が私の中では甲乙つけがたい感じです。

もしかして、農民たちの「クロガモ」が「クロ」→「カル」と変化していったときに、猟師の「軽」と音が重なり融合して、「軽」の漢字を得た、みたいなことが…なーんて妄想は生兵法は怪我の元、やめときますが。

もちろん、「これは違うだろー」と却下してきた他の説も、私の知識が足りてないだけでちゃんと根拠もあるし理屈も通ってる、ということもあると思う。これからも古典文学や絵画などを見るときも頭の片隅において、新しくわかったこと、考えたことがあったら追加修正していきたいと思います。

 

 

(注)別ブログ「生きものアルバム」からの再掲です。いちおう、ちょびっとは「勉強」しましたってことで…

*1:日本アソシエーツ編集部編、『動物レファレンス事典』、日本アソシエーツ、2004年

*2:宇治谷孟、『全現代語訳日本書紀上』、講談社、1988年 P214

*3:

manyo-hyakka.pref.nara.jp

*4:表記は 中西進、『万葉集全訳注全文付(一)』、講談社、昭和53年 P225 に依る。

*5:安部直哉解説・叶内拓哉写真、『山渓名前図鑑 野鳥の名前』、山と渓谷社、2008年 P109 など

*6:中西進編、『万葉集事典』、講談社、昭和60年 P296、P303、P288

*7:第56回ガンカモ類の生息調査(全国一斉調査)結果(速報) | 報道発表資料 | 環境省 の 添付資料1 都道府県別の速報値

*8:安部直哉解説・叶内拓哉写真、『山渓名前図鑑 野鳥の名前』、山と渓谷社、2008年 P109

*9:中西進編、『万葉集事典』、講談社、昭和60年 P330

*10:

www.suntory.co.jp

*11:寺島良安、島田勇雄・竹島淳夫・樋口元巳訳注、『和漢三才図会6』、平凡社、1987年 P185

*12:『古語大鑑 第2巻』、東京大学出版会、2016年 「軽」の項

*13:

滋賀県を中心にした畦畔木の分布とその残存形態(海老沢秀夫) P31

宝ホールディングス株式会社 タカラ・ハーモニストファンド助成先一覧 1995年度(第10回)助成先の活動・研究報告 より)

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