【ネタバレ有り】九人のレジェンドと愚か者が一人(本城雅人/東京創元社)

26年前、強力打線を擁しながらも万年Bクラスだった阪和バーバリアンズがリーグ優勝&日本一に突き進む契機となった大逆転試合。チームの4番で本塁打王だった夏川のFA移籍と共にチームは再び長く低迷するが、起死回生の策としてチームは夏川を新監督に招聘。大阪毎朝放送はそれを記念して、優勝の立役者である当時のスタメンへのインタビューと大逆転試合の再現で構成される特別番組を企画する。しかし、あの試合を振り返ろうとすればどうしても避けられない、ある事件があった。誰からも好かれ尊敬されていたマネージャー井坂追放の原因となった、ロッカールームでの窃盗事件が。

あの打席での意識、あの1プレーの狙い、交わしたやり取り。ベンチの、そしてスタジアムの雰囲気。企画の提案者でもある敏腕ディレクター平尾が試合を振り返るインタビューを重ねるうち、わずかな齟齬から、重大な事実が明らかになっていく。しかし窃盗事件の方の真相は?

そして再現試合当日、レジェンドOB達がスタジアムに姿を現す。相手の草野球チームも協力してくれているとはいえ、試合は面白いようにあの日のスコアブック通りに進んでいき、9回裏、二死満塁からあのときの再現のようなホームランが…

 

いや~面白かった!

普段は閑古鳥のおんぼろスタジアム。そうかと思うと手に汗にぎる展開に惹かれて夏休みの子どもたちが入場無料となった終盤に押し寄せる。座席の区分や場内警備もゆっるゆる。プロ野球がずっと日常的だった頃のスタジアムの雰囲気。強打者たちの野球へのスタンス。試合の中での駆け引きの面白さ。

そして、プレーヤーとしての素晴らしさや真摯さと、人間としての強さや善良さはまったく別物であるという、(スポーツに限らず、また仕事でもアマチュアでも)現実世界にもいろいろ転がっている残念な真実。

夏川は悪意はないが弱く、自己中心的な人間だ。自分自身のサイン盗みを拒否するが、チームとしての不正は気にしないし、自分より立場の弱いチームメイトが拒否できず苦しんでいても知らん顔である。自分の手さえ綺麗ならあとは構わない。三枝が「小狡い」と評したのはそういう部分だ。

それが拡大されたのが窃盗事件で、インターナショナルスクールの受験云々以前に、自分の息子が盗みを働いたという恥に夏川は耐えられない。

そもそも大逆転の日の3回目の窃盗は未遂に終わったのだから、「やられた」とか言い出さずに黙ってやり過ごしておいて、後で陽司を叱ってに二度とやるなと言い含めるとか、もう球場に来させないようにするとかしておけばすむ話だ。

そうせずに3回目の被害者であるかのように振舞ったのは、1回目2回目ともども窃盗の罪を井坂に被せて陽司の罪を漂白するため。井坂復帰の署名運動をしたのも、リーグ優勝&日本一に向かって邁進したのも自分の立場を更に強め、万一の場合の井坂の反撃に備えるため。井坂の貢献でチームが躍進すればするほど、彼の言葉は重みを持ち、真実味を増す。たとえば9回裏の満塁ホームランだって、まさかそんな醜悪な場面の直後だったなんて、誰も信じないだろう。

ただ、それを夏川が冷徹な計算のもとにやっていたかというとそういうわけでもなくて、息子や自分の罪はもう棚上げされ意識の片隅においやられ、井坂のために頑張っていると自分でも信じ込んでいたんじゃないかな。そして、それをモチベーションにして自分のパフォーマンスを高められるのが夏川という天才だったのだと思う。

井坂が事故死しなかったとしても人間として許される話ではないし、真相が明らかになる場面での潔くなさも含め最低で私も嫌いだが、稀有な才能を持った矮小な人間、という夏川の人物造形はリアリティもあって面白い。

他の面々もそれぞれ個性的ですが、特に好きなのは2人。

3番ショート三枝はクールに見えて井坂への想いは一番深く、窃盗事件の真相にも疑問を持って平尾には番組出演と引き換えに真相究明を依頼した男。カッコいい。

そして6番今野。チーム内での態度も、今監督をしている高校野球チームの雰囲気もとても良い。伝説の試合では、死球の痛みを抱えていた5番ハーバートに治療の時間を与えるため、意図的にゲッツー崩れになる高いバウンドのショートゴロを打ってランナー入れ替わった、というエピソードがすごく好きです。

井坂は散りばめられたエピソードを見るに聖人レベルにいい人。だけど、捕まえたのが他の選手の子どもだったら、果たして同じことをしただろうか?3回目ともなればもう常習犯だ。内々に済ますとしても始末はきっちりつけなくてはいけないところを見逃したのは、チームがサイン盗みを続けるのを止められずに(マネージャーの力で止められるわけもないが…)、結果的に夏川に怪我をさせることになった、その後ろめたさも影響しているのではないか?とも感じました。

 

すべてをなげうって父の事件の真相を暴こうとする平尾の執念はすごいと思う一方で、一介のTVディレクターにあそこまで立ち入ったことを根掘り葉掘り聞かれて、レジェンドたちが怒りながらもちゃんと答えてくれたりとか、再現試合の日程選定が選手にもTV局スタッフにも忌避されなかったりとか、異様な事態になってもスタッフが撮影を続けてくれてたりとか、冷静に考えると都合よく行き過ぎる部分もあるんだけど、それを補ってあまりある展開の面白さ。舞台とか映画とかで冷静に考えさせずに押し切ったらすごく映えそうな気がました。ラストの追及からのポツーンとか、特に。

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