続いて、前の記事では触れられなかった島二郎についても少し考えてみたいと思います。
映画ゲストキャラの島二郎は、ちいかわ世界では珍しいヒューマノイド型。身なりはともかく顔や身体は、鎧さんたちや山姥、魔女などの人間型と比べても一番普通です。しかしその強さといい侠気は素晴らしく、物語の中で異彩を放つ存在です。彼*1は一体何者なのでしょうか。
1 「援助者」島二郎
困難な旅の途中、疲れ果てた主人公をなんかよくわかんない存在が親切に泊めてくれ、助力もしてくれる…というのは民話によくある展開です。彼らはなんでそんなところにポツンと住んでいるのかわからないがとにかくそこにいて、普通の人間にはない不思議な力や知識を持ち、主人公を助けてくれる。恩返しとか交換条件のような、助ける明確な理由がないことも多いです。
仲間たちが捕まり一人ぼっちで森を彷徨うちいかわが偶然島二郎の店に辿り着くと、気を失ったちいかわを介抱してカレーと貝汁を(無料で)振舞ってくれて、セイレーンが島に住みつくこととなった顛末を教えてくれ、仲間救出のためセイレーンのアジトに案内もしてくれたわけですから、島二郎も間違いなく、民話における「援助者」ポジションと言えるでしょう。
民話の中の援助者たちが直接的にはボス退治に加勢せず、攻略法(侵入方法や敵の弱点など)を教えてくれたり、秘密兵器をくれたりするだけなのに対し、島二郎はガッツリ参戦してくれるという違いはありますが…
2 島二郎の詐術
さて、ちいかわの気力体力を回復させた島二郎は、ちいかわ(と途中で合流したヒトフタ)を伴ってセイレーンのアジトに侵入します。仲間たちの縛め昆布を解くのはあくまでちいかわ(ハチワレから託されたラッコ先生の剣を使うのが感動的♡)で、島二郎はサポート役に回りますが、サポートの仕方が面白い。目を覚ましそうになったセイレーンの耳元に波音の口真似を注ぎ込み、鼻に潮の匂いをかがせて、海に抱かれて眠っているような錯覚を与えるのです。陸でもまったく支障はないとはいえ、そこはやはり海の生き物、セイレーンは安心して再び深い眠りに堕ちていきます。
ここでも追手を騙して逃走の時間を稼ぐという民話的モチーフが活きています。魔物の妻とか母とかが魔物をやさしくケアしてやって、気持ちよく眠らせている隙に…というパターンもありますね。
騙して、といっても民話のそれは口先三寸とかじゃなくて形代を身代わりにするなど超自然的な力によるものだし、魔物の妻とか母とか言ったらそれはやはり普通の人間ではなく、そっちの世界に片足突っ込んでる存在。そう考えると、セイレーンを騙しおおせた島二郎も、普通の人間ではない、と考えた方がよさそうです。
3 島二郎の実力
仲間たちと味噌漬け未遂の島民二人の救出に成功した後、島二郎は独りその場に留まりセイレーンたちを足止めします(ついでに貝をとってくる、というさりげなさがまたカッコいい♡)。
画面ではすぐ逃げられたように見えるけど、皆が集落に逃げ帰って事情を説明、総出でカレーを作り上げるだけの時間稼ぎが出来ていますから相当のものですし、そもそも腕の回転だけでセイレーンが怯むほど海水の流れを乱せるのですから、実力的にセイレーンに次ぐ存在であると考えられます。セイレーンの態度を見ても、ちい達より格上の存在と見ていることが窺われます。
4 島民と島二郎
島二郎は参戦する理由について「客と、将来の客のため」と宣言しました。「客」が実際に店に来てくれたちいかわのことだとすると、「将来の客」というのはこの事件でようやく島二郎を認知してくれた島民たち、ということになります。しかし…
島二郎と島民たちの関係はちょっと不自然で、両方ともずっと島に住んでいたらしいのに没交渉で、島民は店に来るどころか島二郎を見たこともなくて怯えた様子を見せるし、島二郎も島民たちに自分から立ち交じることなく、島民がセイレーンに食べ物を貢いでセイレーンが島に居つくのを傍から見ていただけ。島民が次々攫われて騒ぎになっていることにも気づきませんでした。この、来る者には親切だけど来ない者には関わらない、それでいて認知されると一転して「将来の客のため」となる辺り、意外とドライというかゲンキンな御方です。まあ島二郎が上手く介入してたら多分ここまで事態がこじれることはなく、討伐依頼もなく、従って映画にもならないので仕方ないのですが。
セイレーンが去ったこの後は、「将来の客」は目論見通り店に来てくれ、繁盛していくことでしょう。
5 "バルバロイ"島二郎
セイレーンに対峙するためひとり留まった島二郎は、セイレーンの怒りをおさめようと必死に説得しますが、水中ではその声はぶくぶく濁ってしまって聞き取れず、「何言ってるかわかんない!」と撥ねつけられてしまいます。
この場面は、セイレーンと交渉しようとしてもそのつど邪魔が入ってまともに話し合いが成立しない…という何度も繰り返されたシチュエーションの一つですし、陸上生物である人間が水の中で声を出してもそりゃあ聞き取れないよね、という経験上も明らかな事実’(だからこそ笑える)わけですが、セイレーンの「何言ってるかわからない」がとても興味深い。
ギリシャ語の「バルバロイ(野蛮人)」という呼称は高校の教科書にも出て来るくらい有名ですが、元々は「意味のわからない言葉を話す人」というような意味だったようです。前の記事で書いたようにセイレーンがギリシャ神話の神に相当する存在だとすると、それより力が劣りかつ「何言ってるのかわからない」島二郎というのは、セイレーンより神格の低い、かつ辺縁の存在。セイレーンは島にとっては外来の神ですから、島の土地神のような位置づけになるのではないでしょうか。
6 新たなる信仰
島は平和を取り戻し、最後の宴では島二郎も普通に溶け込んで参加していました。今後は島二郎の店も訪れる島民で賑わうことになりそうです。
ラッコの述懐の通り未解決の疑問は残るけど、島民も島二郎も大して気にしていないようで、翌朝の出航は明るく盛大なお見送り。島二郎の秘蔵のレシピまで貰ってしまいます。だけど…
いち早く貝汁カレーバージョンに書き換えられた島の歌を聴いていると、何とも言い難い気分になってくる。お祭りのようだった多彩さが消え、ひたすら貝汁とカレーが繰り返される単調さ。いや、貝汁もカレーも美味しいよ?好きだよ?でも、急にそれだけになってしまったことに、昨日までがそっくり上書きされてしまったような違和感を感じたのです。まるで、島全体が一夜にして改宗してしまったように。
いや実際、セイレーンが去り、島二郎が島の守護者となるのだから(今後は客となる島民を庇護していくのでしょう)、島は新たな神を戴くことになるわけで、そうなると賛歌が変わるのも当然といえば当然なのですが……まあ次に来たときも多彩で豊かな食文化が保たれていることを祈ります。
しかしそうなると、島二郎がレシピを土産にくれたことも、何やら別の意味合いを帯びて来たりして…いや、100%親切でくれたのはわかってますけどね💦
*1:男…男でしょうねあの姿形は…