辮髪のシャーロック・ホームズ 神探福邇の事件簿(莫理斯/文藝春秋)

ホームズがベーカー街で活躍していたのと同時代、イギリスの統治下にある香港を舞台に、清の満州八旗の名門出身の名探偵・福邇(フーアル)と、漢人の間借り人で探偵活動の助手をつとめる医師・華笙(ホアション)のコンビの活躍を描く、名探偵ホームズのパスティーシュ短編集。ちなみに華笙が物語の筆記者である点も原典に倣っており、華笙が生前に新聞や雑誌に寄稿した事件記録が彼の死後にまとめられて出版されたものの長らく絶版になっており、近年になって莫理斯が旧版を整理して新たに出版した、という設定になっている。

パスティーシュとしては、熱心なシャーロキアンでない私でもニヤリとさせられる箇所満載で楽しめる。ホームズ役の福邇はアヘン愛好という悪癖はあるものの本家に比べてかなり礼儀正しくいい人で、ワトソン役の華笙に対しても振り回し気味ではあるけど華笙をからかったりすることはあまりなく、ストレートに友情を示している感じ。
歴史ミステリとしても非常に面白く、どの話も大なり小なり当時の香港や清国の複雑な政治経済文化の情況が物語のキーとなっていてるし、主人公コンビも清の置かれた状況に歯がゆさや憤りを感じつつも、排他的にも自棄的にもならず、西洋の文明や外国の人々を正当に評価しつつ(福邇は留学経験もあるし、周囲の人が彼に好意的な人ばかりっていうのはあるが)、正しいやり方で祖国を建て直す希望を持っている。

実在の人物も登場するのだが、歴史事件や人物の溶け込ませ方が絶妙で、物語を活き活きとしたものにしている。私はこの辺の時代についてせいぜい教科書レベルの知識しかないけど、詳しければ「あれがこう書かれてるのかー」とか、さらに楽しめそうだ。
訳者あとがきによれば、シリーズは全4巻で辛亥革命まで続くのだそうだ。二人の出会いはアヘン戦争から40年後の1881年、彼らが30そこそこのときだから、60になろうとする頃までが描かれることになる。清の滅亡・中華民国建国に至る激動の時代の中で彼らがどんな事件に出会うのか、半生を通じて彼らの関係がどう変わっていくのかいかないのか、とても楽しみ。

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