『進撃の巨人』(諌山創/別冊少年マガジン)第130話「人類の夜明け」ネタバレ雑感

前回に引き続き、概ね想定の範囲内でありながら意表を突かれる怒涛の展開でした。やっぱりエレンは心情素直に見せた方がいい、ずっといいよ。

 

以下ネタバレ含む雑感です。

 

 

1名も知らぬ人々を

冒頭、輸送船の中。もうマーレ壊滅は避けられないこと、そしてマガトもそれを理解した上で、自分の生命と引換えに一行を脱出させたのだということがはっきりと明言されます。

ハンジさんの「名も知らぬ人々を1人でも多く救えと」が重い。

後半ではエレンの仲間たちへの強い想いが繰り返し描写され、胸を打ちます。そこには一人一人の名前があり顔があり、思い出がある。その愛は個別具体の、確かな重みがある。

一方のハンジたち旧調査兵団勢、今となってはマーレ勢ですら、救おうとする対象は名前も顔もしらない、個人的には何の思い入れもない人々でしかない。

それでも、彼らは一人一人名前も顔も持った人間であり、それぞれに思い出があり、愛がある。その重みは、それぞれにとっての(あるいはエレンにとっての)大切な人たちと、変わりはしない。そこに目を瞑ることができないのがハンジさんなのだ。合理的ではないかもしれないが理性的というか…正しさ?理想?名づけるのは難しいけど、それを捨てたら人類が著しく後退してしまうような何かを、ハンジさんは持ってる。しかし「1人でも多く」というところに、これからの彼らの行く手に拡がる地獄の光景が予想されるのが、もう…

それにしても「もう…戦いたくない」と言う素顔のアニの可愛さ。グッときて忘れてしまいます。でも、その前に投げられた問いへの答えはまだ、ない。

2鳥

上空を飛ぶ一羽の鳥に見送られるように輸送艦が去っていく場面。そこからエレンの回想が始まります。いやーいつ来るかいつ来るかと思っていたにもかかわらず、まったく予想外でした。絶対船上ですったもんだ会議やったりフロックとひと悶着とかかと思ってたもんで。

そして回想の終わりに再び鳥の姿が現れます。今度は場面変わって地ならしを迎え撃つ世界連合艦隊上空なのでもちろん別個体ですが、羽根の先端の黒が印象的に描かれ(たぶんカモメ)、別の個体ではありながら同一であることが強調されています。

この、両者の動きを俯瞰する鳥は一体何を意味するのか。エレンの回想が挟まっていることを考えれば、エレンを象徴しているのか?もしそうだとしたら、一行がエレンを止めに追いかけてくることも、やはり織り込み済みであることを示唆してるような描写だよなあ…

3始まりはいつ?

回想の中でまずエレンは、いつが始まりだったのかと自問します。候補は4つ。

①樹下で眠りこけてることろをミカサに起こされる(=「すっげー長い夢」)

始祖ユミルからのSOSメッセージ(記憶)が夢という形でエレンに送られ、無意識下にキャッチされた(と推測)。このメッセージに無意識下で導かれ、エレンは122話のユミルの心の解放にまで辿り着く。

②豚さんたち

①より遥か昔、囲いの中に閉じ込められ、喰われるのを待つばかりの豚。おそらく奴隷少女ユミルから見たシーン。「始まり」候補になっているということは、冤罪ではなく本当にユミルが逃がしちゃったんですかね、豚たちの運命に耐えられず…だとしたら、そりゃあかんわ超貴重な食料を…

いずれにせよ、これによってユミルは森の中で追われ彷徨い、あれに憑りつかれることになり、そこから巨人の歴史が始まった。

③覗き込む若き日のグリシャ

本編にこの場面はなかったと思いますが、分岐点となる重要場面だとするともしかして、例のラスト「お前は自由だ」ではないだろうか?ラストのコマそのものだと体勢的に顔が見えないのでその直前、抱き上げられるときの記憶。このときの父の言葉によって、エレンの一生は「自由」に捧げられることとなった。

このとき赤子だったエレンに明確な記憶はないはずだけど、無意識下に残っててもおかしくはないし、グリシャの教育方針がずっと自由尊重だったことや、継承したグリシャの同じ場面の記憶が補強材料になって、エレン自身の記憶として練り上げられていったんじゃないだろうか。

④マリア奪還後の式典でヒストリアの手にキス

ここで地ならしの未来を見る。紆余曲折、躊躇いはあっただろうが、結局エレンはここに向かって動き始め、今に至る。

4マーブルとモザイク

続いて、これまで明示されなかった

・イェレナからの安楽死計画の提案

・フロックとエレンの計画

・ヒストリアが泣き顔を見せた経緯

・アッカーマンについてジークから得たという情報

・傷痍兵に偽装するため自傷 

が次々と明かされるのですが、場面ごとにまとまるのではなく、それら数本の記憶の流れがマーブル模様のように少しずつ混じり合い、響き合っている。そしてそれらメインストリームの前後に幾つもの記憶の断片が配置され、そのすべてが今のエレンの行動に繋がっていることが暗示される。

この流れは素晴らしいの一言で、内容的にはほぼ予想通りだったにもかかわらず、新鮮な緊張感がありました。これまで数多くあった回想シーンは、基本的にはすぐにストーリーと同化していくのですが、今回の回想は、エレン個人の思考・心情に沿っていて、エレンの気持ちの激しさ、愛の痛みを感じさせる。さすが主人公様ということでもある。

①「すべてはこの先にある」の断片

場面としてはマーレ編中心のようですが、中東連合との戦争のときのファルコ、しかもファルコ自身の視点ではなくファルコを見下ろす視点になっているのが気になる(これも、鳥?)

②イェレナからのお誘い

鉄道開通式の夜、イェレナとの会合。イェレナは安楽死計画を提案すると共に、ジークワインを「改革の障害となる兵団上層部にのみ」振舞ったことを明かしている。団長のハンジさんさえ「上層部」に含まれてないってことは、シガンシナの英雄であってもやはり、調査兵団は外れ者ということなんですかねえ…

③フロックへのお誘い

イェレナを手引きしたフロックが立ち聞きしてるのは、席外してくれと言われたんですかね…何しろ不妊化計画ですから、普通のエルディア人青年にいきなり聞かせるのもね…ということだったのか。

しかしエレンはジークの計画に乗るフリをして利用し、世界を滅ぼす計画をフロックに打ち明けます。この案にフロックも同調して今に至る…なわけですが、世界を滅ぼす、と聞くまでのフロックは、レベリオ襲撃以降の自信(か他信?)に満ち溢れた姿ではない。島の先行きに危機感を持ってイェレナを手引きしたはいいが、安楽死計画を聞いてぎょっとして、先の道筋がわからなくなっている感じだ。それがエレンの言葉を聞いて、ようやくエルヴィンに代わる悪魔、自分の拠り所を見つけた…ということなのでしょう。

④ヒストリアへの提案、ヒストリアからの提案

ここのやり取りにはまだ謎があり、同時にとても面白かったので逐一見てみたい。

(1)エレン、ヒストリアにジークを喰わせるという憲兵団の計画から逃れるため、憲兵と争うか逃げるかしろと促す

(2)ヒストリア反対。「上層部の計画に従う。」

(3)エレン反対。世界を滅ぼす計画を話す(直接描かずフロックに話す場面で置換)。

(4)ヒストリア反対「そんなの間違ってる!!」

(5)エレン反対「憎しみによる報復の連鎖を~親子同士を食わせ続けるようなマネはオレがさせない」

(6)ヒストリア反対「二度と胸を張って生きていくことができない」

(7)エレン反対「耐え難いなら始祖の巨人の力で記憶を操作する」

(8)ヒストリア抵抗「そんなこと(できない)」

(9)エレンダメ押し「できるさ~世界一悪い子なんだから」

この後メインはジークとの会話に移り、ヒストリアの2コマではヒストリア自ら子作りを提案しています。

素直に読むと、女王として義務を受け容れようとし、倫理的な抵抗感からエレンに抵抗していたヒストリアが、記憶を操作して良心の呵責を消してくれるという約束によって反対する実利的な理由が消え、更に「悪い子」というキーワードによって女王としての義務感や知りもしない人類を庇う道徳的観念から解放され、壁外全人類の生命と引き換えに、女王の宿命から逃れることを選んだように見える。

(2)の微笑に漂う諦観から(4)の恐怖と反発、(5)で内心の葛藤が始まり(9)で勝負がつき、子作り提案するところでは動揺が消えて企み顔になってる、ヒストリアの表情の変化がたまらない…

 子づくり提案自体は憲兵団の計画に対する対抗手段で、エレンが提示した戦う・逃亡するの2案の内戦や逃亡して発見されるかもといったリスクを考慮して、ヒストリアが考えた第三の道。お腹に子がいれば人道的な問題もあって巨人にするのは躊躇われるし、兵団としては王家の血を引く子をできるだけ早く確保したいはず。一方で外の脅威に対する切迫感はさほどではないので、ジークの身柄を確保するだけでとりあえず良しとして、ジーク喰いは出産後まで先延ばしにするだろうと踏んだのでしょう(実際その通りになった)。

これをすぐ思いつくあたり、ヒストリアはやっぱ頭良いなあ。そしてエグい。王家の血の特殊性とパラディの置かれた現状を考えれば、ヒストリアは子を産む産まないの選択権はない「家畜」なわけで、それを逆手に取った兵政権へのリベンジとも言える。しかし、そのために作られる子どもは?

今回の会話、そしてミカサに関するエレンとジークの会話を見る限り、エレンとヒストリアは子作りしそうな感じはしなくて、だとするとやはり石投げ君が父親なんだろうけどそこにヒストリア側の愛はないだろうし。そういう手段として作られ、産まれてくる子はどうなるのか。

と思ったりもしますが考えてみれば、血筋維持のために結婚して子供作れ、っていうのだって手段としての妊娠に変わりないし、結婚するのだって子供作ると言う目的のための手段なんだから大差ないとも言えるんだよな…

それを考えれば、ヒストリアと子ども、そしてその父親もがどうなるかも、これからいかようにもなり得る話なのかもしれない。

しかし……巨人化はいやだし13年寿命も子どもに喰われるのもいやだ、というのは偽らざる本心に違いない。でも世界を滅ぼすのは間違ってる、それに耐えられないと思うのだって、本心であることに変わりないだろう。そっちの本心には目を瞑ってしまうのか?それは少しの辛抱で、記憶を操作してもらったら、後は胸張って生きられる?

うーん…そういう選択肢もあるしそれを選ぶのも人間らしさではあると思うけど…今回の回想にも出てこない何かがまだある、と予想しておきたい。

⑤若者エレンのめんどくさい相談

ジークから聞いたとか責任をなすりつけてましたけど、アッカーマン奴隷説はエレンの捏造だったんですね(笑)ジークに言下に否定された上、事の本質を言い当てられてしまうエレン…お兄ちゃんはお見通しでした。

しかしこれ…ジークはミカサと顔を合わせたこともないわけで、そんな知らない女の子について馴れ初めからこのときはこういうことがあって、あのときはこんなこと言われて、頭痛がするって言うんだいっつもオレを守ってくれようとするんだこれってアッカーマンの特性?宿主×奴隷の関係だと思う?何か知らない?とか事細かに説明され、聞かれる方の身になると…いやジークは頼られて結構嬉しかったのかもしれないけどさ。この回想シーンの直前を想像すると笑えるw

ジークもジークで、これから不妊化計画やろうってときに「お前はどう応える?」もないもんだ。いくら子作りが男女の愛のすべでじゃないにしても。

ちょっと気になるのは、ジークにヒントをもらったのでなければ、エレンはどこからこの珍説を捻りだしたのか?「生命の危機で覚醒した(これのみ〇)」と、「頭痛」「エレンに対する執着」「エレンを守ろうとする行動」をなぜ結び付けたのか?

素直に考えればジークの結論に至るのが普通なわけで、エレンが誤解するとすれば、「ミカサにとってオレは失った家族の代わりに過ぎないんだ」「また家族を失いたくなくて、弱いオレを守ろうとするんだ」くらいが穏当だと思うんだけど、何故にそこでアッカーマン???そこが腑に落ちない。

 リヴァイとエルヴィン、ケニーとウーリの関係を考えると宿主設定は無理がある感じだったので、ジークの返答は納得のいくものではあるのだけど、2人に比べてもミカサにはエレンへの常軌を逸した執着や頭痛の問題がある。ここもまだ、見えてない何かがあるのかもしれない。

⑥傷痍軍人を自作してみる

ジークとの回想の最後の方、「オレが死んだ後もあいつらの人生は続く…」に重ねてマーレ軍に潜入したエレンが、自分の左足を切断し、左目を潰して故意に負傷するシーンが入ります。中東連合との戦争終結後もマーレ当局やアズマビトの調査網にかからず潜伏を続けるには軍病院にいるのが好都合だったからでしょうか。記憶障害を装ってましたが怪しまれたり追い出されたりしないためにはできるだけ重傷の方がいい…とはいえ、目まで潰さなくても…ここは鬼気迫るものがありました。文字通り身を削るエレンの自己犠牲が痛い。

しかし、そこまでしてもサシャを死なせてしまうことになったエレン。横顔に「幸せに生きていけるように」が重なる…

⑦また捕まった…? 

記憶の断片の中に、難民の子の姿が見えます。初めて出会ったときや宴会のときではなく、エプロン姿の男に締め上げられ、官憲の姿もある。また盗みでも働こうとしたか、今度は無実の罪なのかわかりませんが、「刹那」の首キャッチのときにも出て来たこの少年の記憶と関連しているのでしょう。

問題は、というか希望の光は、この断片が「ずっと…」に重なっているところ。エレンは世界を滅ぼす、と言ったし今の行動はどう見てもそうなんだけど、ずっと幸せに生きて欲しい、その対象にはやはりこの子や、彼が代表する壁外で虐げられている無辜の民も含まれているのではないか?

⑧※イメージ映像です

回想のラスト、食堂での1シーン。エルヴィンがいるのが嬉しい。おいおいジャンがなんか幽霊みたいな表情になってるぞ!記憶歪んでないか??と思って確認してみると…

最初はマリア奪還作戦前の宴の回想かと思ったんですが、肉の皿がないし席の並びも違う。幹部連中が固まっているけど実際はあの場にエルヴィンは描かれておらず、仮に会場には同席していたとしても「両脚の骨を折る」のやり取りの直後、リヴァイはエルヴィンに相当腹を立ててるはずなのであんなにピッタリくっついてるはずはない。

同じく食堂風景として、クーデター後、マルロたちが調査兵団に新規加入してきた頃にも似たような場面があるが、こちらも並びが違うし幹部たちの姿もありません。

つまりこれは、正確な記憶ではなく、エレンが脳内で作り上げた「理想のありふれた日常」なのかもしれない。もちろん、本編には描かれていないけど実際にあった光景なのかもしれないけど。

5進撃の…巨人?

待ち受ける世界連合艦隊は地ならし巨人の前にあっという間に壊滅し、その向こうから姿を現す「進撃の巨人」…ってどうしてわかるんだよ!あまりに変わり果てた姿で、私にはわからんかったぞー。

いや実際、最初出て来た正面図、始祖の骨の中空に進撃の身体が吊り下がり、身体とは逆向きに首が浮いてるように見えたのは、巨人とか神とか悪魔とかそういう次元のモノですらないように感じられた。

上空からの俯瞰図で、始祖ザウルスの背骨の先端から進撃パーツが始まって斜め下向きに伸びているのがわかったけど…ロッド・レイス巨人に似たハイハイの姿勢がベースにあるけど腕が短すぎて宙ぶらりん、なのに傲然と顔を上げ、前を向いたまま進んでくるというあり得ない姿勢。怖すぎる。

更に位は始祖の背骨の上に突き出したトゲトゲのてっぺんに細い骨みたいなのが連なり、それが進撃の肩や肘まで繋げていて、操り人形のようにも見える。

エレンの意思によって移動してはいるのだろうけど、進撃部分が自由に動けるようには到底見えない。もう巨人の格闘をやる段階ではないとはいえ、この不自由さも、また何か意味があるのだろうか。 

6地ならし開始

連合艦隊を撃破した地ならし巨人たちは大陸上陸を遂げ、エレンの「駆逐してやる」の叫びそのままに、進み始めた。その叫びはカルラが喰われたあの日と本質はまったく変わらないが、エレンの立ち位置は変わり、行動の意味は反転した。

エレンはどこまで進むのか。仲間たちはどう対峙するのか。アニの問いへの答えは。

「人類の夜明け」とは誰にとっての夜明けなのか。報復の連鎖を強制的に断ち切りリセットして新しく始める、それが夜明けなのか。

  

 

来月が待たれます。怖いけど。

 

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