寄宿学校の天才探偵(モーリーン・ジョンソン/創元推理文庫)

左手で抑える残りページがあとわずかになっていることにふと気付く。いやな予感。

 

え…だってまだ謎が…伏線が…まさか…そんな…

 

「続く…」

 

……って、左ページからはもう「訳者あとがき」が始まっとる…そりゃねーよ!!

 

カバーの返しや帯を見直して続刊がまだ出ていないことを知り、訳者あとがきに目を通して三部作でしかも今年1月に完結したばかりであることを知り、裏表紙の作品紹介をもう一度読み直して、三部作の第1巻であることなどわかりようもないことを再確認する。まさに、

 

Truly Devious

 

(原題。「本当にずるい」)である。

 

という致命的な点を除けば、すごく面白く、一気に読めたヤングアダルト・ミステリ。

物語の舞台は1936年に実業家で大富豪のエリンガム氏が辺鄙な山中に創設したアカデミー。ただの寄宿学校ではなく、特別な才能を持った生徒たちが、自由に勉強し研究する、というコンセプトのもとに作られた最高の環境です(現代篇で出て来る個人の方向性に即したカリキュラムの合理性と勉強の厳しさ研究の自由さはいいなー。同時に、1936年に登場したドロレスが得られるはずだったものを思うと辛い…)

 

設立後間もない1936年、エリンガム氏の妻と娘が何者かに誘拐され、妻は殺され、娘は遺体すら見つからないという事件が発生、やがて犯人と思しき男が逮捕され裁判にかけられたが、事件直前に脅迫状を送り付けてきた人物(Truly Devious)との整合性は全くなく、謎を残したまま死亡。事件は解明されることなく終わる。

そして現代。推理マニアで1936年の事件解明に情熱を燃やすスティヴィはアカデミーへの入学を許され、工学、小説家、アート、ユーチューバー等々、様々な分野の天才たちとの学校生活が始まる。といっても研究課題や日々受講する教科も人それぞれで、スティヴィの研究課題はもちろん1936年の事件の解明。しかし取り組み始めた矢先、新たな事件が…

というわけで物語は、スティヴィの視点による現代の寄宿舎生活(&新たな事件)に、1936年の事件前後の状況が複数の人物の視点による描写や供述調書の引用の形で挟み込まれる形で進行していきます。

スティヴィはエリンガム・アカデミーに入学を認められた「天才」のはずだけど、研究対象である犯罪捜査についてさえ、自信に溢れているわけではない。ファッションだの男女交際だのについてはかなり疎いし、友人関係も不器用。両親への愛はあるがお互い理解し合えない苦しさもあるし、精神的な不安定さを抱えていて薬を手放せなかったりする。更に言えばそれらの葛藤も、少なくとも初めのうちは尖鋭なものでなくヤワで内向きで、青春小説というには幼い感じさえ受ける。現代的なのかはたまたオタクらしさというものか…などとちょっと考えてしまったりしますが、そんなスティヴィも新旧の事件に関わり、気になる異性デヴィッドとの葛藤を通じて変わりつつあり、彼女やデヴィッドら周囲の寄宿生たちの成長と自己の確立が全編を通じたテーマになっているんだろうなと思わせます。

その分、橋が壊れて外部と行き来できない電話が通じない!とかににはならないし(ただしwifi電波は弱い)、生徒をはじめ学校の人々が次々と犠牲になって…みたいな古き良き時代or新本格的展開には(今のところ)なっておらず、表題から期待されるミステリとしてはちょっと物足りない感じもしますが…何しろ第1巻では謎のほとんどは謎のまま。何しろ新たな事件と過去の事件に関係があるのかないのかさえ、明らかにはなっていないのだ。

続刊に期待です。

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