雪の階(奥泉光/中央公論新社)

主人公・笹宮惟佐子は、趣味は数学、暇さえあれば専門誌の懸賞問題に取り組み、囲碁はアマ最高級の腕、どうやら霊感があるらしくのっけから幻視してるし、紅茶の砂糖は「溶解度の限界まで」と頼む美貌の伯爵令嬢ーーどうぞ人物像を思い描いてみてください。

たぶんそれは間違ってます。

 

世情キナ臭くなりつつある昭和10年代初頭を舞台に、謎とき要素は少なめながら、うさんくさい霊能あり、古き高貴な血筋あり、政治的陰謀あり、鉄道旅あり。素人探偵によるこつこつとした地道な調査と天才の一瞬のひらめきが解決を呼ぶ、オカルト風味の探偵小説(ミステリとか推理小説というより、探偵小説という響きが似合うと思う)。

いやー面白かった!

伯爵令嬢・笹宮惟佐子は演奏会で高名なドイツ人ピアニスト・カルトシュタインが演奏した楽曲を聴き、異様な感覚に捕らわれる。演奏会の終了後、カルトシュタインから突然の招待を受ける惟佐子。背景には、ヨーロッパにいる母方の伯父・白雉博允が関わっているらしい。しかし伯父とは幼少時に別れたきりだし笹宮家では厄介者扱い。一体なぜ?

それ以上に気がかりなのは親友の寿子。演奏会に来るはずだったのに現れず、その後も連絡が取れないのだ。不安は的中、やがて彼女は青年将校との心中死体となって富士の樹海で発見される。親友の死に不審を抱いた惟佐子は、幼い頃の遊び相手で今は新米カメラマンとして働いている牧村千代子に相談を持ち掛け、千代子は知人の新聞記者・蔵原と共に事件の調査を始める。

そして、カルトシュタインの依頼によって同行した日光でも新たな事件が発生し、二つの事件は奇妙な繋がりを見せる。調査を進めるうちに更に事件が重なり、怪しげな背景も見え隠れするようになって…

 

冒頭こそ、華族主催の演奏会の華美華麗な描写や目まぐるしい視点の転換(ほんの1ページかそこらの間に主人公惟佐子と端役の華族夫人・令嬢ABCの視点が入り混じってたりとか…)にくらくらして、「こりゃ失敗したかも…」と思いましたが、演奏会から帰宅した惟佐子が義母(父の若い後妻)・瀧子に挨拶に行く場面でまず「え…?何なのこの人…」となり、読み進むにつれ、何かそのとんでもなさは加速してくる。

もう1人のヒロイン千代子は健やかで前向きな性格で、時刻表を調べたり、乗り継ぎに苦労したり、行った先で周囲の聞き込みをしたりと地道な活動。調査では進展に一喜一憂したり、内心で蔵原と戦果を張り合ったり、異性として意識してじたばたする辺りが微笑ましい。対照的で魅力的な主人公2人です。

謎解きは地道な現地調査が中心で終盤まで進みます。千代子たちの調査で描写される旅先や東京の風景や人々の描写は特別美しいとかいうものではないけれど、私が知ってる「あの頃の昭和」に通じるものがあってどこか懐かしく感じる。と同時に、自分の生きてきた時間(前半の方とかは特に)はもう、歴史の中に霞み始めてるんだなーという淋しさも感じてしまう。

惟佐子パートは途中から、剣呑な政治情勢(最終的には二・二六事件に至る)や噴飯ものの霊能関連が増えてきて、寿子のことは薄れてるんじゃないか?と心配になったりもするのですが、最後には回収されて、ある種爽快感のある幕切れを迎えます。読みようによっては残酷かもしれないけど…そして収まるところに収まった、という感じのさわやかなラスト。いいな~

作者の作品は初めて読んだのですが、上述の主人公2人はもちろん、脇役含めて人物描写にリアリティがあって秀逸。他の作品も読んでみたい。

 

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