こうして誰もいなくなった(有栖川有栖/角川書店)

デビュー三十周年となる有栖川有栖の中短編集。「有栖川小説の見本市」(前口上)と謳っているだけあって、ちょっと笑えるショートストーリーからホラー気味のもの、ファンタジーから活劇、北村薫ばりの日常の謎から孤島の連続殺人まで、多彩なラインナップになっています。ただし残念ながら、火村・江神の両名探偵を始めとするシリーズ探偵は登場しません。特徴的なのはパロディ・パスティーシュ作品が多めなことでしょうか。全体の1/3を占める表題作はもちろんのこと、「線路の国のアリス」も言わずもがな、「未来人F」は怪人二十面相モノだし、ショートショート「盗まれた恋文」もアレですし。

アリスがウサギを追って紛れ込んだ線路の国で次々と摩訶不思議な鉄道関係のあれこれに巡り合う力作「線路の国のアリス」は鉄オタアリスの面目躍如たる作品で笑えます。「三階建て列車」の意味、私は初めて知りました(笑)「名探偵Q氏のオフ」の言葉遊びも好きだし、「本と謎の日々」も本への愛が溢れるいい話。

しかしやはりこの本は何といっても表題作の「こうして誰もいなくなった(THUS THEN THERE WERE NONE)」です。

 

4月27日(土)。仮想通貨取引で巨万の富を築いた謎の人物「デンスケ」の誘いに乗って、伊勢湾に浮かぶ「海賊島」のリゾートホテルにやってきた招待客の男女。会社社長、政治家、弁護士、映像クリエイター…etc。各界で成功を遂げ、今を時めく人物ばかりだが、ホテルに招待主の姿はなかった。

主不在のまま始まったディナーで突然、招待客、接待係併せて10名(ただし招待客のうち1名は欠席)の罪状を順繰りに暴き立て、糾弾するボーカロイドの声が響き渡る。「判決は、全員死刑」。

直後に1人目の犠牲者が出、動転しながらも皆は警察に通報しようとするが(以下略w)。第二の犠牲者も出て、残された者たちも自分の命を守るためデンスケを探し出し反撃しようとする。しかし彼(or彼女)は影も形もなく、逆に更なる犠牲者が出る。そして…

 

月曜日。客たちを迎える船に同乗して、島に降り立った探偵響・フェデリコ・航(なんちゅー名前だ…)が発見したのは…

 

大罪を犯しながら罰を受けずに何食わぬ顔で生きている人間たちが謎の招待主に孤島に集められ、次々と殺されていく…後から島に踏み込んでみると、そこは生存者なしの死体の山、という流れはクリスティの『そして誰もいなくなった』(AND THEN THERE WERE NONE)と同じですが、本作は短いながら探偵の登場、捜査、事件解明という「探偵パート」があり、ここが本作の新しさであり、肝の部分(タイトルの微妙な違いもその辺に起因している。)。意外性という点ではそれほどではないかもしれませんが、中篇らしい捻りになっています。

 自殺上等のパワハラ社長と後押しをする代議士、医療過誤や労災被害を揉み消す弁護士、飲酒運転で死亡事故をおこしながら小狡く逃げおおせたモデル、老人の虐待死を連発させているケアハウスの経営者等々、原典に比べて罪状の胸糞悪さが格別なのは(そういや使用人夫婦の罪状だけは原作とあまり変わり映えしないな…)、それだけ身につまされるような今日的な問題だからでしょうか。二重三重の意味で平成最末期の作品で、この本を今出すのは、平成を作家として生きた作者が、本作をこの時期に単行本化するためだったのではないかとさえ思ってしまう。

そうそう、意図といえば、原典にも何やら仕掛けられた企みがあるそうで(※)、今度は原典を再読してそれを味わったうえで、もう一度本作に立ち戻って読み直してみたいと思います。

 

※あとがきによれば、若島正の評論『明るい館の秘密』(『乱視読者の帰還』所収)で論じられているとのこと。これも読んでみなくては…

 

 

 

(ネタバレ?感想を一言だけ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

早乙女=ヴェラ=優菜が結構好き。ニヒリズムに陥らないでパパに反抗できていたらな…

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