『鈍色幻視行』(恩田陸/集英社)

うぉー面白れー!ずっと積読だったのに、手をつけたら一気に読んじゃった。

映像化企画が持ち上がるたび関係者が死亡し何度もお蔵入りになっている「夜果つるところ」。主人公は世間から隔絶された遊郭と思しき館で、いわくありげな女たちを母「たち」として暮らしており、クライマックスでは館が炎上する、幻想的な雰囲気の小説である。原作者である飯合梓自身も素性や私生活もほとんど知られぬまま謎の失踪を遂げ、最後に姿を見られたときの状況等から亡くなったと推定されている。
小説家・蕗谷梢は夫・雅春のツテで、「夜果つるところ」の関係者ーー文庫化の際の編集者、最初の映画化のときの助監督、二度目の映画化のプロデューサー、伝説的映画評論家、雅春の従姉妹で飯合梓マニアの売れっ子漫画家姉妹らーーが集う豪華客船の旅に参加する。作家として新境地を拓く目論見もあって、関係者へのインタビューを通じて「夜果つるところ」にまつわる謎を取材し、ノンフィクションとして形にすることを考えてのことだった。

初回の映画化の際の撮影セットの火災は放火だったのか、二度目の映画化のときの役者同士の密室心中事件は本当に心中だったのか、ほとんど面識ある者がいない飯合梓はどんな人物だったのか、本当に死んでいるのか?一同を集めた会合では様々な謎が提示され、それに対する解釈も示されるがもちろん結論は出ない。

また、再婚同士の梢と雅春も、波長が合って仲の良い夫婦でありながら、梢は前夫に負わされた心の傷を抱え、雅春も亡くなった前妻と「夜果つるところ」との関わりを梢に打ち明けてくれず、そのわだかまりが焦燥と不安に追い打ちをかける。

魅力的で膨大な情報に浸ったまま方向を定め切れない梢は、再度原典である「夜果つるところ」に帰るが、久しぶりに再読したその本は以前とはまったく違う顔を見せる。梢はある仮説を立て、各人への単独インタビューを開始する……

 

 

舞台は豪華客船、主要登場人物は映画監督やら編集者やら漫画家やら創作畑で名を成した人々、そして彼らを結び付けているのは、死亡事件が相次ぎ映像化が何度も頓挫している「呪われた」小説と、謎めいた失踪を遂げた原作者ーー

なんていうと、密室と化した客船の中で、過去の事件のカギを握る人物が次々と怪死を遂げ、素人探偵の主人公が奮闘の末(あるいは、隅っこにいる目立たない人物が実は名探偵だったりして)、過去と現在の謎はすべて解け、驚愕の真相に辿り着く…というのを想像してしまいますが、本作はまったく違う。クルーズ自体はまったく平穏に進み、所々で寄港して観光したりさえする。そういう意味では豪華客船が外部と連絡取れないクローズドサークルになって連続殺人が…なんてのよりずっとリアルとも言えるんだけど、にもかかわらず全体に不安で幻想的な雰囲気が漂う。

その不安を祓うのは、向き合い、理解しようとすること。

梢だけでなく、前妻の自殺を消化しきれないでいる雅春、漫画家姉妹の葛藤、プロデューサーの妄執めいた情熱、あるいは既に亡くなった初回映画化のときの監督、2回目の映画で心中したふたり、そして飯合梓。それらを考え、語り、言葉という形を与えて理解することで、死者は弔われ、生者は少し救われる(というか、死者が弔われたのだ、と感じることも生者による生者のための救いに他ならないわけだが)。

それが真実であるかどうかといえば…(ネタバレになるのでここには書かないけど)作中で梢が口にして、雅春も後で引用した、あの美しい言葉のとおり。

快刀乱麻を断つ、というミステリの醍醐味はないけど、大小さまざまな謎、違和感が解釈され、「顔が見えて」くる感じは不思議な爽快感がある。中にはそれかよ!と思うのもあるけど。

また、小説と映画化が話の中心であるだけに、原作と映像のせめぎ合い、合作漫画家の内情、何を求めて書くのか、なぜコレクターになるのか、クリエイターとそうでない者など、創作をめぐる様々な葛藤も興味深い。

登場人物も(好みは分かれると思うが)私はみんな結構好き。特に雅春は、彼の一人称パートも結構多いにもかかわらず、底が見えにくい。優れた感性と何かが欠落した心(冷たいとか人でなしとか言うのではない)を持っていて、その彼が辿り着いた結論があれだったというのも心に残る。Qちゃんも意外性があって可愛かったし、本筋に絡まないチョイ役にも気になる人物もちらほら。特にあの人…他作品に登場してたりするんだろうか??

 

 

そしてなんと、作中作である「夜果つるところ」も出版されているそうなので次はこれだな。そちらも読んだ上で、もう一度この船旅に帰ってきたい。現実の船旅にも、ちょっと行きたくなってしまうな。こんな豪華クルーズなんて、もちろんできませんけどね。

スポンサーリンク