魔術師ペンリック(L.M.ビジョルド/創元推理文庫)

ビジョルドの異世界ファンタジー「五神教」シリーズ久々の一冊。 何気ない親切心から生まれた偶然に導かれ、強大な「魔」をその身に宿すことになった小国の貧乏貴族の三男坊ペンリックが、合計12におよぶ以前の宿主たちの個性を併せ持つ彼女(ら)デズデモーナと共に、魔の元々の主たる庶子神を始めとする五柱の神々(父神、母神、姫神、御子神、庶子神)にこき使われつつ、学究の徒として自己実現(?)していく…という感じの中編集。

五神教シリーズは最初の『チャリオンの影』のユーモアが凄く好きで、『影の棲む城』、『影の王国』は次第に陰鬱な感じになっていったのが(もちろん良さもありますが)少し残念だったのですが、本作はユーモアに満ちた明るい作風になっている。それはやはり主人公とその相方たる魔・デズデモーナの性格によるところが大きい。

主人公ペンリックは明朗で快活、争いを好まない温和な性格で、本好きで知識欲は旺盛ですが、家族の反対を押し切って行動を起こすほどのエネルギーはなく、違う生き方を夢見ながらもあきらめて、なんとなく流されるままになっている。どこかのほほんとした自然体の態度が、真面目な相手方を時としてイラッとさせ、読者をニヤッとさせる。金髪碧眼、色白ですらりとした美青年、本好きで探究心旺盛でいながら(田舎で鍛えられているため)体力もあり馬術や弓も得意と、かなりのハイスペックなのに嫌味な感じがしないのは、この一見ヒロイックならざる性格のためでしょう。

それでいて、いざというときには優しさを気持ちだけに終わらせず、現実のものにするための勇気も持っている。デズデモーナの最大の危機に際して彼が取った行動は何と言うか…誠実で感動的です。 一方のデズデモーナは直前の宿主である庶子神の魔術師神官ルチアをはじめ、医師や娼婦、召使や主婦など職業、そして国籍・言語もさまざま、(人間でないものもいたりしますが)な女性が何十年何百年と混ざり合って生きてきており、ちょっと皮肉屋で好奇心旺盛。口うるさい姉か(彼には本物の姉たちもいるので耐性はできている)伯母のように、ペンリックをからかい、助ける。でも本当は、前述の彼の行動に深い感謝と愛情を感じているのですが… こういう、強制的な力によって結びつけられたバディものっていうと、ちょっと方向性は違うけど『寄生獣』や『うしおととら』なんかが思い出されますが、いずれも男同士。相棒が異性というのは珍しい気がします。そういえば、そのことによる不都合は結局解消されたんだろうか?

本書は出会い編である「ペンリックと魔」のほか、堅物の捜査官オズウィルらと共に超自然的要素の絡んだ殺人事件を追う「ペンリックと巫師」&「ペンリックと狐」の計3編が収められています。それぞれ前作で登場した人物が次作以降にも登場&活躍しており、ペンリックの知識や力、そして癖はあるが頼もしい味方も増えていく。シリーズものの醍醐味ですね。個人的にはルレウェン王女大神官(ただし50~60歳にはなっているので注意)が好きですけど、ウィールド王国の根暗コンビ・オズウィルとイングリスもなかなかよろしい。原書ではまだ3作の既刊があって、邦訳もされる予定がありそうなので、先が楽しみです。

ちなみに、年代設定としては、同じくウィールド王国を舞台にした『影の王国』の150年後ということになっている。『影の王国』で、さんざん振り回されたのに善い人すぎる、と思ってたビアスト第二王子が、子孫であるルレウェン王女大神官に「わたしが生まれる百年前に、ビアスト善良王が~」と言及されるくだりには思わずクスッとしてしまった。やっぱ皆そう思ってたんだね(笑)

逆に発表が先の『チャリオンの影』&『影の棲む城』は本書から100年後とのことだそうですが、それを感じさせるのはこの2作の時点では一応終結しているイブラ半島でのロクナル教徒との戦いがまだ続いてることくらいかな…細かく再読してみれば他にもあるのか。あるいはペンリックシリーズの次作で匂わされるのか。これもシリーズもののひとつの醍醐味。異教徒であるロクナル教徒の描写とか、「大いなる獣」の作り方とか、いかにも西洋中心、人間様中心的でひっかかるところもありますが、それを差し引いても面白いシリーズです。

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