化物蝋燭(木内昇/朝日新聞出版)

小さな提灯で前を照らしながら、弟らしき男の子を連れて、生い茂る草むらの後ろに迫る闇(大きな生き物のようにも見える)を肩越しに見やる少女――本屋でふと目に留まった懐かしい切り絵の表紙に惹かれて購入。

 

長屋で暮らす男やもめの隣に引っ越してきた、ぎごちない若夫婦の謎(「隣の小平次」)。病身の母を重苦しく感じる男が、奇妙な薬屋で見つけたささやかな安らぎと、並行して強まる母や姉の態度への違和感(「蛼橋(こおろぎばし)」)。仕事一筋の女豆腐職人につきまとう奇妙な老人(「お柄杓」)。腕の良い影絵師のところに持ち込まれた奇妙な依頼(「化物蝋燭」)等々、職人や奉公人など、江戸の市井で日々の暮らしを精一杯生きる(生きた)人々が出会う、ひそやかな不思議。怪異、怪談というには静かすぎ、はかな過ぎる7つの奇譚。

 収録作品は、サイコパスに苦しめられる後味の悪い話もありますが、ほとんどは哀しみの中にも人間の善意や希望を信じる明るさが基調となっている。文章はしっとりとして柔らかく、ほのかなユーモアも相まって、しみじみとした幸福な読後感を残す。どれも甲乙つけがたいですが、「蛼橋(こおろぎばし)」の結末の驚きと暖かさ、「お柄杓」のそう来ると思った!な感じが特に好き。「お柄杓」の寡黙な女職人お由や「むらさき」の感性鋭く負けん気も強い奉公人の少女お庸、ずけずけと口は悪いが憎めない(そしてそれ以上のものがある)飯屋の女給お冴など、女性キャラクターが印象深いのも特徴。

 

 

ところで、表紙で惹かれた切り絵の絵柄は記憶には強く残っていたものの、作者名などは知らなかったので調べてみると、『ベロ出しチョンマ』や『モチモチの木』の挿絵などで有名な切り絵作家の故・滝平二郎のもの。没年は2009年ということだったのですが、本書の発行は2019年7月だし、雑誌掲載もすべて2010年以降。どういうこと?と思って更に調べてみると、本書のために描かれた画ではなく、作者の方から「滝平さんの絵を使いたい」とリクエストした、という経緯があったそうです。確かに、言われてみれば作中には内容的に表紙絵と重なるシーンはない。にもかかわらず…

 

じんわりと忍び寄る闇の昏さと、小さいがしっかりと前を照らす灯、そして少女のしっかりと落ち着いた表情。

 

表紙絵と作品世界がぴったりと吸い付くように一致しているのが素晴らしい。おススメです。

 

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