竜のグリオールに絵を描いた男(ルーシャス・シェパード/竹書房文庫)

表題作「竜のグリオールに絵を描いた男」(「竜のグリオールを絵に描いた男」ではない。お間違いなく!)ほか、心臓の止まった巨竜・グリオールに翻弄される人々を描いたファンタジー小説集。パラレルワールドらしく1853年という年代や現実世界の固有名詞も出ては来ますが、少なくともこの本の中では現実世界との繋がりは殆どないようです。

 

竜のグリオールは全長6000フィート(ええと、てことは1.8キロですね)の巨大な竜。数千年前の魔法使いとの闘いで肉体の動きは止められ、動かなくなった巨体はいつしか土や樹々に覆われて丘となり、川が流れ、人間が住み着いて村さえできていた。しかしグリオールの精神は生き延び、周囲の人々をその暗い思念の影響下に置き、巧妙に操って自らの意思を実現させていた…ラインナップは以下の4篇。

 

「竜のグリオールに絵を描いた男」

グリオールを本当に殺す方法を模索する支配者たちに、「竜に絵を描くことで殺す」という奇想天外かつ壮大な提案を持ち掛けてきた若い画学生の生涯と計画の顛末を描く。すべてが規格外の壮大なスケールに右往左往しつつも、ところどころ皮肉なユーモアにニヤリとさせられ、最後は運命の皮肉にかすかな痛みを感じる短篇。

「鱗狩人の美しき娘」

幼少時にグリオールの鱗で寝かされ続けたためにグリオールとの特別な絆を信じるようになった美しいが軽薄な娘キャサリンは、ある事件によって竜の体内に逃げ込み、そこに留められて生活することになる。どうやらそこで成し遂げるべき使命があるらしいのだが…グリオールの体内の寄生生物や奇妙な植物体など摩訶不思議な生態系、妖しくも美しい竜自身の内側、竜から送られる夢。脱出をゆるさないグリオールの目的は、キャサリンに与えられた使命とは何なのか?若い娘の成長譚とも言える中篇。

「始祖の石」

娘ミリエルを奪った新興宗教の教祖ゼマイルを石で打ち殺した宝石研磨工レイモス。弁護を引き受けることとなったのは貧民出身の弁護士コロレイ。レイモスは凶器の石を通じてグリオールから指示を受けて殺害を行ったのだと主張するが…こんな弁論で無罪を勝ち取れるか?しかも現場にいた証人のミリエルは愛人を殺した父への憎悪を隠そうともせず、協力は得られそうにない。ミリエルに惹かれながら真実を追い求めるコロレイ。果たして彼は、二重三重の罠をかいくぐって真相に辿り着けるのか…?裁判官や検察官、敵対的な証人との丁々発止のやり取りがペリー・メイスンシリーズを彷彿とさせるファンタジー法廷ミステリ(+α)。

「嘘つきの館」

大量殺人の経験を持つ粗野なで鈍重な男・ホタの前に、竜から変じた女マガリが現れ、ホタが根倉にしている「嘘つきの館」に転がりこんで、奇妙な共同生活が始まった。完璧に美しいが非人間的な(そりゃそうだ)マガリに戸惑いながらも彼女との絆を求め、現状を理解したいと望むホタ。マガリの言う「ふたりの進むべき道」とは一体何なのか?人間味をほとんど見せない女と共にあることで変化する男の内面、異質な者同士の言葉に表せない絆が美しくも悲しい短篇。

 

ストーリーは異なりますが、偉大な竜グリオールに操られ、それを知りながらなお、自分の意志で自分の行動を決定し、人生を切り拓こうとする人間たちを描いています。グリオールの精神が周囲に与える影響・支配、というのは字面だけ見ればありがちな感じで、冒頭の表題作を読んだときには読み流してしまった部分もあったのですが、読み進むうちにグリオールの操作の精緻さ、容赦なさが重くのしかかってきて、もう一度表題作に戻ると、そういうことだったのか…と腹に落ちてくる感じです。

偉大で用意周到、非情で魅惑的なグリオールと、もしかしたらグリオールに操られているだけなのかもしれないけれど、それでも自分で自分の行動を決め、実行しようとする人間たちの関係は、キリスト教の神と人間の自由意志の問題に似ているような気もする。ときに陰惨でありながらどこか前向きな印象を残すのは、そういった姿勢に貫かれているが故なのかもしれません。グリオールも全く自分勝手ではあるけど、もう善悪を超越した存在ですしね…

 

作者シェパードは残念ながら2014年に亡くなっているとのことですが、グリオールのシリーズはあと3作あるとのことなので、続刊に期待したいです。

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