シベリア・神話の旅(齋藤君子/三弥井書店)

スグ・エエズィは四月の末に川に張りつめた氷を割りながらプィザス川を遡っていく。そして川の源まで行くと、今度は川を下る。すると、流氷が始まる。

スグ・エエズィは大きな氷の上に乗って川を下りながら、白銀に輝く長い髪を梳かす。それはそれは美しい女なんだ。彼女は黒毛の牛に姿を変え、ひっかかっている氷を角で突き動かしながら、暗い水底に姿を消す。大きな氷は角で突いても動かず角が折れ、一本角で現れる。」

 

本書に収録されている西シベリアの南東部のショル族の伝説のひとつ、「水の精スグ・エエズィ」の話です。たったこれだけなのですが、なんだか強く惹かれるものがある。早春の明るさと美しさ、その裏に潜む恐ろしくも悲しい何か。

 

 

と、これだけでは何なので。

 

 

本書はシベリア各地の少数民族の神話・伝説をまとめたものです。民話的なものや近代の怪異譚のようなものも多い。殆どは知らない部族なので、章のはじめに各部族の簡単な概要が掲載されているのが有難い。少数民族と一口に言っても、住んでいる地域はウラル山脈の東側から極東のベーリング海沿岸まで、当然生業も地域によって違うし、規模も何十万人の人口を抱えるものから、1000人未満で消滅の危機に瀕しているものまで、状況はさまざま。取り上げられている物語も世界の始まりの頃の物語から大戦後の話まで、いろいろあるけどそれぞれに生活状況を反映しているようで面白かった。特に沿岸部の神話伝説は、当然なのかもしれないけど、アイヌやイヌイットのそれと共通するものが多いように感じました。

変わったところでは、沿海地方のウデヘ族の「日本人の由来」も、地理的にも近いし交流もあったと思うが由来についての言い伝えがあるのがちょっと意外。中国に住んでいた若者や娘たちが皇帝によって海に追いやられ、島に住むようになったというのだ。皇帝によって若者や娘が…というところなど、ちょっと徐福伝説を思い出してしまった。

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