18世紀中盤の李氏朝鮮、第21代英祖の治世を舞台にした歴史ミステリ。
高官と妓生の間に生まれたベクヒョンは、生まれながらに賤民と定められた人生を切り拓くため、そして自分を顧みない父に認められるため、医女として研鑽を積み超難関の試験を突破して、宮廷で医療に携わる「内医女」として働き始めたばかり。
ある晩、上司に随行して世子(英祖の次男・李愃。唯一の存命の息子であり、王位後継者)の宮に赴いた彼女は、そこで世子の秘密の一端に触れる。さらにその場にベクヒョンの古巣である恵民署で4人の女性が殺害されたという凶報が入り、急ぎ現場に向かったペクヒョンが見たのは、恩師ジョンスが犯人と疑われ、連行される場面だった。
母とも慕う恩師の潔白を証明すべく調査をはじめたベクヒョンは、捕盗庁の若き俊才オジンと出会い、衝突を繰り返しながらも曲折の末、事件解明に向けて協力することになるが……
世子の関与も疑われる中、ジョンスを犯人と決めつけ早急に幕引きを図ろうとする捕盗庁トップ、世子失脚を目論む英祖の寵姫、夫・世子を庇い守ろうとする正妃など、様々な思惑に翻弄され、調査は難航する。二人は果たして真相に辿り着けるのか?
王族の関与が疑われる事件ということで、問題にされれば未来が閉ざされるのはもちろん、生命まで危うい…という捜査そのものがスリリングでハラハラドキドキ ♪ 正直真犯人よりベクヒョンたちの捜査がバレやしないかということの方が気になって仕方なかった。事件の調査で出歩くことが多くて、通常業務は大丈夫なのかという心配も笑
ベクヒョンとオジンのバディは身分違いだが容姿端麗で超優秀な18歳同士、そして理不尽を見過ごしにできない勇気を持ってる…となれば結果は火を見るより明らか。時々恥ずかしさに身悶えしてしまったが、まあ、いいんじゃないですかねお約束というのも。
とはいっても、本作の基調はロマンスである以上に親子の関係で、父母の愛を求めながら得られず育ったベクヒョン、君主の器の片鱗も見せない息子に苛立つ英祖・父に貶められて恨みと怒りを募らせる世子のほか、物語の中心から周辺まで、様々な親子関係が人々の、時に不可解な行動を読み解く鍵となっている。
ところで、ベクヒョンは賤民身分しかも18歳の新米内医女なので宮中のほとんどの人間は彼女より目上の存在。ゆえに会話文でへりくだった物言いになるのは当然なのだが、地の文まで敬語が使われまくっている。宮廷の中では大して身分の高くない人とか、今でこそ英祖の寵姫となっているがベクヒョンの幼馴染み、内心では敬意も好感も持っていないムン氏に対してもそうなので、読んでいると息苦しさを感じることもあるのだが、それこそが厳格な身分制度に雁字搦めにされていた当時の人々の息苦しさなのかもしれない(それにしてはベクヒョンの行動はかなーりフリーダムだが、じゃないと話が進まないからね💦)。
作者ジューン・ハーは韓国生まれで3歳の時に父の留学に伴いトロントに移住、高校時代に一時帰国し韓国の公立高校に編入・卒業した後の大学以降はカナダで生活しているが、幼い頃から朝鮮王朝期が舞台のドラマに親しんでいたという。私は韓国ドラマはテレビや配信で流れる予告編とかでしか知らないのだが、読みながら「韓国時代劇ってこうなのかな~」と感じたのはまんざら間違いというわけではないのかもしれない。
李愃が父・英祖によって処刑された事件(朝鮮王朝史では非常に有名な悲劇らしく、本書の「著者あとがき」では世子に同情と関心を寄せながらも「政権闘争に巻き込まれた悲劇の人物にほかならなくても」「世子が人を殺したという事実は研究者も事実として認識しています」「生涯で百名におよぶ人々を手にかけたとされています」と殺人者であったことに言及している。)もドラマになっているようなので、今度見てみようかな。