新編みなかみ紀行(若山牧水/岩波文庫)

歌人であるということぐらいしか知らなかった若山牧水の紀行文集。

佐久から小諸、嬬恋、草津、花敷温泉、月夜野村と群馬県を横断して利根川の源流に辿り着く表題作のほか、津軽や霞ヶ浦、信濃や熊野などへの紀行文が9編、詩2編、そして静岡県の松原伐採計画に反対するエッセイ「沼津千本松原」が収められています。

 

 

紀行文も勿論いいけど、まず巻頭の詩「枯野の旅」が凄く良い。特に、履き潰しかけた自分の草鞋に語りかけるところ。

もう1編の「空想と願望」は、歌人的・旅人的感性を感じさせるものから「あるある」的なユーモアを感じさせるものまで様々な「欲しい物尽くし」で、今まで牧水に持っていたイメージとはかけ離れていますがこれも清新な感じでイイ。

紀行文では酒好き温泉好き(そして「水」そのものが好き)だった牧水が、出先であれこれと予定変更してあっちこっちに足を伸ばし、各地にいる友人知人(有名な文学者だけでなく、歌誌などを通じて田舎の農村の文学青年たちとも交流があった)にアポなしで会いに行ったり向こうから突然会いに来たり(「牧水さんがこっちに来てるぞ」「ホントか!会いに行くべ!」というような情報網があったらしい)、そして別れ際はいつも別れ難くてグズグズ(笑)別れるはずだった相手をもうちょっとと口説いて同道させたり。

友人たちとであれ、一人であれ、しょっちゅう昼間から飲んで、しかも飲んでから腰を上げて旅を続けようとしたりするので読んでいる方は大丈夫なんかこの人…と心配になる。特にわざわざ吊り橋の真ん中まで行って飲み始めたときは他人事ながらハラハラしました。まあ、無事だったからこうして本も出ているわけですが。

かといってすべてがドタバタの珍道中、というわけでは勿論なく、山や渓谷など自然と独り向き合うときの筆致は感嘆の念に満ちていて厳粛なほど。この人恋しさと孤独、ユーモアと厳粛の共存するところが魅力のひとつなのだと思う。

あと、紀行文は所々に和歌が挿入されているのですが、一つの光景について10首くらいの似たような歌が並んでいて、こういう詠み方するんだと面白かった。画家や写真家が同じ場所で、少しずつ角度を変えて、何枚もスケッチしたり写真撮ったりするのと似た感じかもしれない。

 

 

作品としては、初夏のある昼時、酒を飲んでるうちにふと思い立ってバタバタと上州旅行に出発し、体調不良をおして榛名に登る「山上湖へ」が一番印象に残りました。ラスト近く、求めていたにもかかわらず、山上でその「声」に打たれたときの衝撃。身を投げ出して聴き入る作者の姿には、喜びや癒しという以上に、哀しみと胸苦しさを感じます。そして、決して同じ感慨は湧いて来ないとわかっていても、作者と同じように全身でその声を受け止めてみたいとさえ思ってしまうのでした。

 

 

 

次は歌集も読んでみたい。

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