ロンドン怪盗伝(野尻抱影/筑摩書房)

17世紀後半から18世紀前半のイギリスに跋扈した怪盗たちの活躍や当時の事件・風俗を扱った第一部「英文学裏町話」。第二部「ろんどん怪盗伝」(こっちのろんどんは平仮名)では、怪盗ジャック・シェパードの活躍とその死を描く。

「英文学裏町話」は「ニューゲート牢獄」や「セント・ジャイルズの鉢」など、当時の刑罰についての話ももちろん興味深いが、やはり怪盗伝が面白い。第二部でも登場するジャック・シェパードやジョナサン・ワイルドはもちろん、美貌の騎士盗賊クロード・デューヴァルの気障っぷり(二粒のダイヤモンドを)「貴女の美しい双の瞳とも思っていましたが、二度と忘れぬ本物を見ては、この宝石も不要となりました」と言って差し出した、とか!!)、ディック・タービンと愛馬ブラック・べスの悲劇の逃避行(もう、始まったときから結末は見えているので読んでいる間じゅう、読むのやめたい気持ちでした…馬鹿馬鹿タービンの馬鹿っ(泣))、紳士強盗ジェームス・マクリーンのいやもうこれは詐欺だろ的な芝居っ気。どれも色合いは異なりますが鮮やかで美しい。神も悪魔も魑魅魍魎も、もう人間の中にしか存在しなくなってしまった近代の都市に生まれた英雄伝説の新しいかたち、なのかもしれない。そんな中、あの有名なキャプテン・キッドの雑魚っぷりも意外で面白いのですが。

また、抱影はスティーブンスンの宝島を翻訳しているそうで、例の「ヨ!ホ!ホウ!」という唄の考察もあったりします。宝島は子供向けのを一度読んだきりだったのだけど、ちゃんと読んでみたくなってしまった。

「ろんどん怪盗伝」の方は19世紀のイギリスの小説家エインズワースの原著「ジャック・シェパード」を下敷きにした冒険活劇で、大工の徒弟だったジャックが、ふとした好奇心から相弟子として一緒に修業してきた親方の養子テムズの出生の秘密(実は非常に高貴な血を引いている)に関わって、密告係兼悪の元締めジョナサン・ワイルドに捕らわれたのを契機に、テムズとは生き別れになり裏の世界に足を踏み入れ、めきめきと頭角を現すが、ワイルドに逆らって睨まれてからは捕縛→投獄→脱獄を繰り返す合間に、テムズとも再会して、彼が正当な権利を取り戻す手助けをしたりもする。

一番のクライマックスはやはりニューゲート監獄二度目の脱獄で、何重もの扉や壁に阻まれ、ボロボロになりながらもひとつひとつ障害を乗り越えていく様子には、思わず「ガンバレ!負けるな!急げ!」とエールを贈ってしまいました(笑)そしてついに塀の外に降り立ったときの開放感!

でも、そこまでして得た自由だったのに、監獄で面会したデフォー(あのロビンソン・クルーソーのデフォーである。デフォーはジャックの知り合いでも何でもないが、他の紳士連中と連れ立って稀代の盗賊に会いにニューゲート牢獄にやって来た。)のおだてに乗せられて、ジャックは「飛んで火に居る夏の虫」を地で行くような行動に出てしまう。この行動は自惚れと軽率から生まれた、アホとしか言いようがないもので、捕まり方も情けないのだが、そこにヒーローになり切れない不器用さというか可愛さ、親しみやすさを感じさせる(エインズワースの小説では、母の葬儀の際に捕縛されるのだが、野尻抱影はそれを採らず、あえて別の資料にあったこのエピソードに差換えている)。捕まった後の態度はヒロイックというか潔く、旧知の人々とのわずかな触れ合いも、お約束とわかっていても心を揺さぶられる。

脇役では、仇敵ワイルドの化け物じみた悪党ぶりとジャックへの憎悪や、ジャックの年上の子分・大男ブルースキンの忠実さも印象深い(どちらも異常なくらい凄い)。ただ、ジャックの相弟子テムズについては、生まれに相応しい高貴さもあるし友情にも厚い良い子なのですが、原著の描写がだいぶ端折られてしまっているらしく、駆け足っぽかったのが小説としてはちょっとだけ残念でした。抱影が書きたかったのはシェパードの実伝なので、仕方ないことなのですが。

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