鍵の掛かった男(有栖川有栖)/(幻冬舎)

有栖川有栖の「臨床犯罪学者」火村英生シリーズ久々の長編。短編はちょくちょく出ているのでそんなに空いてる気はしなかったけど、前の長編「乱鴉の島」からもう9年経つという。といっても共に34歳の准教授&デビューから暫く経った若手の専業ミステリ作家コンビという、サザエさん状態は変わらないわけですが。

警察といい、聞き込み先の人々といい、そして謎を構成するのに極めて重要な役割を果たしていたある人物といい、「みんな人の頼みを都合よくアッサリ聞き入れ過ぎだろ!!」と言いたくなりますが、もうファンタジーの域に達してると考えれば、真顔でツッコむとこでもないのでしょう。

 

 

大阪・中之島の高級プチホテル「銀星ホテル」の一室で、5年に渉って長期滞在していた老人が縊死しているのが発見された。残された預金通帳の残高は2億2千万。人当たりもよく、係累もない。自殺する理由もなさそうだが、さりとて怨みを買うような人物でもない。警察は自殺として処理しようとするが、同じく銀星ホテルの贔屓客で老人と意気投合していた大物女流作家は自殺説に疑問を持ち、アリスを通じて火村に謎の解明を依頼する。自殺か?他殺か?老人は何者で、なぜ銀星ホテルに住み続けたのか?大学での職務に追われて駆けつけられない火村に代わって独りで調査を進めるアリスの前に、やがて老人の意外な過去が姿を現し始めるが、それでも自殺か他殺かの謎の糸口はつかめない。そしてようやく姿を現した火村の推理は…

 

 

火村シリーズでありながら、本作の半分以上は作家・有栖川有栖の地道な聞き込みやら現地調査やらとで、火村は電話越しに話を聞いて、アドバイスをしたりアリスの調査を褒めたり(!)で、実際に現場に乗り込んでくるのはずっと後の方である。でも確かに、この地道な捜査は火村には合わないような気もするし、捜査の一歩一歩の過程の中で、1人の男の過去に向き合い、解きほぐしていく作業というのは、やはりこちらも独りでするのが相応しい。

最後はもちろん火村によってすべての謎が明らかにされるのですが、アリスが単独で梨田稔というその老人の人生を追う前半部分にはこれまでにない味わいがあるように思う(私自身が梨田老人ほどの年ではないとはいえ、いろいろ過ぎ去った感を抱いているせいもあるのかもしれない。)。また、梨田の数奇な人生と、最後に辿り着いた銀星ホテルでの静謐な生活の意味に比べれば、死の謎そのものは(それはそれで当世風ではあるが)些末なことであるようにさえ感じる。

 

作中に散りばめられた大阪の街の現在と過去の描写と相俟って、火村とアリスは年を取らないけど、作者も読者も人生これまでいろいろあって生きてきたよな~と感じさせる、印象深い作品でした。

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