『エレガンス』(石川智健/河出書房新書)(末尾にちょっとネタバレあり)

SNSにもいろいろ書いたけど、記事としても残しておきたいのでまとめておきます。

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太平洋戦争末期、配色濃く、B29による空襲被害も酷くなる一方の東京を舞台にした歴史ミステリ。警視庁所属のカメラマン石川(身分は警察官)と内務省防犯課の技師吉川のコンビが若い女性の連続死、通称「釣鐘草の衝動」の真相を追う。

うち続く空襲、灯火管制や配給の滞りなどはよく知られているが、批判され敵視されてもなお、洋装やパーマへの根強い人気があった、というのは本書で初めて知った*1。美と活動性への欲求は「エレガンス」というタイトルでもわかる通り、本書のテーマとも深く繋がっている。

 

美しい釣鐘草のような洋装で死んでいた彼女らは皆、洋裁学校・ドレスメーキング女学院(ドレ女)に所属しており、自殺と考えられていたが、調査のために内務省から派遣されてきた(実は自分から要望してきた)吉川は自殺ではないと断ずる。それでは他殺だと?連続死といっても大勢に影響がない市井の一般人の死亡事件に対する吉川の執着に戸惑う石川。

一方、戦争の行く末に悲観的な見解を持ち、悔いなく生きようと考える若葉千世は、会社勤めと演劇の勉強の傍ら、劇団の衣装つながりでドレスメーキング女学院で学んでいた。息苦しい日常の中でも同僚の安室に淡い想いを抱き、溜まり場の店(超有名人も登場!)で先輩たちの文学論芸術論に耳を傾け、美しい劇団仲間や天才的なドレスメーカーに憧憬を覚える、そんな日々。

石川&吉川の捜査と、千世の日常は、石川らが聞き込みのためドレ女を訪れたことで交わる。石川らに対し、千世は仲間たちの死の真相を解明するため、友人の伊吹と共に協力を申し出るが…

 

引き込まれて一気に読んでしまった。ミステリとしてはやや物足らない部分はあるが、それを補って余りある面白さ。


無数の無惨な死が積み重なる中で、たった数人の死の真実を解き明かす意味はあるのか。
死と破壊の有様をカメラにおさめ続ける意味はあるのか。
理不尽に抗い、未来を夢見る意味はあるのか。

ラスト前のクライマックスは確かにあるのだ!と力強く訴えかける。

また、自国領土への爆撃を防ぐ力も策もなく、兵士や国民を死なせておきながら真実を隠蔽し、先行きの見えない中で更なる犠牲を強いる国家権力、そして国が謳う物語に乗っかって(ときには更に歪めて)、その物語で他者をも縛ろうとする人々に対する批判的態度も鋭く、ミステリ部分もそこと密接に繋がっている。いくらなんでもみんなこの時代に国や軍部に批判的な本心をスカッと表明し過ぎでは(特に、警察に対して)てのはあるけど。

 

真実から目を逸らさず、自分を押し流そうとする理不尽な力に抗う。このような世情だからこそ、忘れずに生きていきたい、と感じる一冊。

東京大空襲その他の克明な写真を残した石川や吉川線(絞殺された被害者の首に残る防御創)を考案した吉川についても知らなかったし、当時の状況についても初めて知ることも多かったので、参考文献もいくつか読んでみたいな。

 

 

 

 

<ネタバレ>

賛否両論あろうかと思われる、東京大空襲の夜。

次々と現れては何処へか去っていく知人たちに導かれて、千世は炎の中をくぐり抜け、脱出していく。千世自身がうすうす感じているように、あの大混乱の中でそうそう都合よく知人と出会うはずもないし、他人からは彼らの姿は見えず、貰ったはずの物はいつの間にか消えている…オカルトかファンタジーか。

合理的に考えれば、千世自身の無意識下の判断(勘)が現実の知人たちのアドバイスの形をとって現れたもの、ということになるんだろうけど。

でも私は、自由に生きようとする個人を圧し潰そうとする力に抗った人々の繋がり、誰かが生き残って未来に向かってくれ、という思いを感じてしまって、好きな場面です。全員はムリでも、誰かが生き残ってて再会して、「あのとき君が、そっちはダメ!てぎゅうっと腕つかんでさ~痛かったよ」とか笑い合えたらいいなあ。

関係ないけど読みながら「脱出」(ガンダムの最終回ね)を思い出していました。シチュエーション的にはちょうど逆だなーと(主人公の声に導かれ、皆が死地を脱出 ⇔ 皆に導かれ、主人公が死地を脱出)。そして物語的には終戦へと繋がっていく…(といっても太平洋戦争の場合はその後も空襲は何度もあったし、沖縄戦、原爆投下と、更なる悲惨を民衆に強いた後でなければ終わらなかったわけですが)

*1:調べてみると参考文献にあげられた書籍が数年前に出た際にはメディアにも取り上げられたようだ。

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