悪魔はすぐそこに(D.M.ディヴァイン/創元推理文庫)

1960年代イギリスの本格ミステリ。裏表紙の紹介文によると、作者ディヴァインは「クリスティが絶賛した技巧派」とのことだが、確かに人間関係や、伏線を張るテクニックなどはクリスティを髣髴とさせるところがある(ネタバレになりかねないので迂闊なことは言えないが)。

天才的な数学者だった亡父が教授として在籍していた大学で数学講師として勤める青年ピーターは、亡父の友人だった経済学講師ハクストンが横領容疑で追放の危機にあることを知る。自分を追い出せばどうなるか、ハクストンは大学の不利になる何かを知っているらしいのだが、審問の席でそう公言したハクストンは変死体となって発見される。

ハクストンが知っていた事実とは何なのか。亡父が職を追われ、精神に異常を来す原因となった8年前の事件、女子大生の堕胎とその死の真相なのか。ピーターの婚約者の経済学講師ルシールの不可解な態度は、事件とのかかわりを示すものなのか。名誉学長新任を控えた学内に不安といらだちが募る中、さらなる殺人が…

複数人視点の三人称が目まぐるしく切り替わっていくのだが、基本的にピーターと婚約者ルシール、彼女の同居人で大学事務局員のカレンと法学部長のラウドン、という2組の男女が中心となってルシールにかけられた嫌疑を晴らし、事件のカギとなる8年前の事件の真相の手がかりを探すことで話が進んでいく。

ピーターは天才的数学者だった父との差に悩む二十代半ばの青年。対するルシールは優秀な研究者。歯に衣着せぬ物言いをするが内面をのぞかせることの少ない謎めいた美人である。

ルシールの同居人のカレンは講師ではなく大学の事務局員。聡明で有能だがルシールほどではなく、ピーターへの淡い想いを抱いていたこともあって彼女にコンプレックスも抱いている。法学部長のラウドンは他の3人より一回り年上で学内の地位も上。視野の広さやバランス感覚に優れているが、新婚当時の事故で新妻を失い自らも障がいを負ったことがその後の人生に影を落としており、虚しさを抱えて生きている。

この2組の対比も面白いし、ダブルヒロインであるルシールとカレンの嫉妬や対抗心と、それを包み込む友情もなかなか良い。

ストーリーと直接関係しないが時代風俗の部分では、私も1960年代生まれではあるので基本的な価値観や生活様式は馴染みのあるものなのだが、細かいところで現在とのギャップを感じる部分もあって興味深い。

年齢の相場感(40手前でもう「終わりかけ」感が漂うところことか、カレンの配下の子が16歳で大学の事務員として働いてたり)、男女問わずタバコを吸いまくってたり、カレンがセントラルヒーティングを有難がったり、妊娠中絶の経緯も大学教授が丸抱えでやってこれなのか…という酷さだったり。男女や人種間の平等の建前と現実のギャップはもちろんあるが、それはまあ想定の範囲内だった。今の日本でも大して変わらん部分もあるし。

そしてそれとは逆に、狭い世界の中での権力争いにもならないマウントの取り合いや、丸投げ無能上司(そして土壇場になって修正入れようとする…)とか、上司から&部下からの嫌がらせなど、職場のいざこざ。古今東西変わらないものは変わらないんだろうな…と苦笑を誘う部分もある。

 

 

結末を知ってから再読してみると、何気ない一文がとまったく違う意味を持つことがわかるのも楽しい。他の作品も何冊か出てるようなので読んでみたい。

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