移動都市(フィリップ・リーヴ/創元SF文庫)

60分戦争によって旧時代の文明が滅びてから遥か後の時代。人類の多くは天変地異を避けてキャタピラで地上を動き回る「移動都市」に住み、地上での活動を忌避するようになっていた。都市同士は自らより小さい都市、弱い都市を狩り、解体し呑み込んで活力を維持・拡大する都市ダーウィニズムの世界。しかし長い時を経て獲物となる都市は減り、資源は枯渇し、時代は停滞しつつあった。

移動都市ロンドンの史学ギルド見習いトムは、史学ギルド長で偉大な冒険家ヴァレンタインとその美しい娘キャサリンと知り合い、心を弾ませるがその矢先、ヴァレンタインの命を狙う少女へスターと出会ったことで運命が一変する。

暗殺未遂の現場に居合わせ、逃げるヘスターを追跡したトムは、彼女と共にロンドンから地上に墜ちる。いや、厳密に言えば彼女は降りたのだし、彼は落とされたのだが――自分が陥った信じがたい事態。ヘスターが語った信じがたい事実。答えを求めてトムは、顔には大きな醜い傷跡、性格はつっけんどんで頑なで、復讐のことしか頭にないへスターと共に、彼方に去ったロンドンを目指す。一方キャサリンも、この暗殺未遂事件を通じて父が自分に何かを隠していることに気づき、密命を帯びたヴァレンタインがロンドンを離れた隙を狙ってその秘密を探り始める…

 

遥かな未来、戦争によって文明が荒廃し、かつて繁栄を極めた先端技術の多くは失われて「オールドテク」と呼ばれる残骸が断片的に残るのみ、というスチームパンクな世界を舞台にしたボーイミーツガールの物語。ヴァレンタインの秘密とか市長兼工学ギルドの長クロームの目的とか、主要人物たちの隠された因縁とか、そっちのストーリーの方は意外性とか目新しいものはあまりありません。

物語の肝はやはりトムとへスターのロンドンに向かう道行きであり、へスターの合わせ鏡であるキャサリンが真実を知るまでの、ロンドン内部での探索。

トムとへスターの旅では、当初はキャサリンに惹かれていたトムが、へスターの非友好的な態度に戸惑い我の強さに振り回されながらもその裏にある苦しみに共感を覚え、自分自身も含めたすべてを憎んでいたヘスターも、幾多の危機を共に乗り越えていくうちに少しずつトムに心を開き、お互いをかけがえのない存在と感じるようになっていきます。第一部のラスト近くで彼らを追跡してきた復活者シュライクと対峙する場面は胸に迫るものがある。醜く性格も尖ったへスターをこうも魅力的に描けるのは凄い。

一方のキャサリンも幸福で快活な少女だったのが、聡明で正しい心を持つが故に父の秘密、そしてロンドンの密かな野望に立ち向かうことになる。冒険家の父の血筋と上流階級の育ちの良さがミックスされているせいで、その行動は怖いもの知らずで読んでるこちらはハラハラしどおし(可愛いけど)。

そして両者の道が交わったとき、物語は終結に向かうのです。

 メインの少年少女たち以外も、飛行船の女船長アナ・ファン(これが実にカッコイイ♪)や意外な野望を持つ海賊都市市長のピーヴィ、へスターを追う「復活者」シュライク、ポムロイを始めとする博物館命の史学ギルドの面々等、キャラ立ちはかなりイイ。サブキャラ描写にはちょっとコミカルなところもあり、都市がキャタピラで動き回り、飛行船が各地を飛び交う、という世界観と相まって、ジブリっぽさも漂う。ただその割には人間があっさりバタバタと死んでいくのがミスマッチな感じでちょっと残念。動乱の時代とはそういうものだといえば、まあそうなんですが。

 

本作は二人が新たに旅立つところでラストを迎えますが、移動都市クロニクルは4部作。既に完結編まで邦訳も出ているので、続編も読んでいこうと思います。

ただSFとしての世界観はわりと普通な感じがするので、映画はちょっと様子見かな。わざわざ文庫の通常のカバーに映画仕様のカバーを重ねて付けた営業努力には申し訳ないけど…(家に帰って読み始めたら表紙カバーが2枚重なってたんで驚いたw)

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